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2012年6月21日木曜日

インスマスの渦






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時空小説 その物語のすべては地球からはじまった…


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インスマスの渦

ラヴクラフトの小説を模倣して作られた怪奇小説短編

2012年.夏の怪談祭り



1

湿度が高く寝苦しかった。熱帯夜というより、湿度が高いだけだった。
役所で事務机に座り、日中の仕事をこなしていた。
訪問者は、まばらすぎるくらいだった。
みんな、こんな日は役所に書類など届けたりしない。アイスクリームを箱ごと買って、冷えた果物を食べているに違いない。
あるいは、学生は学校か…
アメリカ合衆国中が暑さでまいっていた…というのも大げさで、まだ7月にならないのに比較的蒸暑い、そんな日々だった。
夜はスポーツのテレビ中継がある。
それに、ビール。

「蒸し暑さが過ぎて雨にならなきゃいいんだが、なあ、ワトソン。いやふった方が涼しいんだか」
私は事務長に返事した「こんな感じで息苦しい湿度だと、変な時間にいねむりしたくなるんですがね」
「試合をみのが…」ジリリリリリィイイン!!
ベルが鳴った。

警察のアルフレッドからだった。
保安官、そう彼はしゃれて自分の職業を名乗る。
「ああ、ワトソンか?保安官のアルフレッドだよ。余計なお世話か?」
「なにか怪奇小説の話に使えそうなネタをひろってきたな…守秘義務はおこたるなよ。こっちも聞きたくないし、情報漏洩の罪で警察のやっかいになるのもごめんだ」
わたしは役所勤めの傍ら趣味で小説の短編を発表している。
発行部数のすくない雑誌に軽くのるが、少人数のコアなマニアがどこかかしこで、待ちわびている。
反響の強かったものを集めた、粗末なペーパーバックの文庫本もでるし、インターネットにも、古くなった小説がのる。

「ワトソン、インスマスだ。地球外の水の惑星から飛来した、魚人がこの州にすんでいる」
「わかった。夜にコーヒースタンドであおう」
「よし、アメリカンコーヒーとドーナッツをおごれよ」


2

コーヒースタンドは煙草の煙とコーヒーの焙煎の匂いで、いいかんじになごんでいた。
「この州の警官は制服でバーガー喰らうのかい?」
「これも勤務さ。州の治安維持。なにかあったら、TELで所に連絡。危険のレベルに応じて応急処置」
「ドーナッツにホットドックもつけよう。マスタードとケチャップをたっぷりつけろよ」
「それでワトソン、住民から警察所に電話があった。おびえてたぜ。
自分の妻が人間じゃないというんだ。深夜にベットからでて、外に出てそれから3時間もしてから戻ってきたというんだ」
「そいつは怖いな」
「しかもそのとき、生臭いにおいと、冷たい空気を運んできたという。だいたい4カ月に一度のスパンだそうだ」
「なにしてたんだ」
「問いただす勇気が君にはあるのか?知らないふりを決め込むだろ。その電話の主は意を決して問いただしたというが、かるく『トイレにいってた』でごまかされた」
「それで州の治安を維持する君としてはどう対処したんだ?」
「厳重にあなたを警護する。そう胸を張って電話で答えた」
「ぼくには、それがいいのか悪いのか…妄想を疑うだろうな。それで?」
「はりこみさ。案の定やっこさんは玄関から出てきた」
4カ月に一度のスパンなんじゃないのか」
「規則があるという。今日みたいに湿度系の針が高いのに雨がかなりふらない日だ。そこまで神経質になるぜ」
「なるほど」
「尾行すると、道路を早足で歩いて、外れの幹線道路を夜中に歩いていた」
「ねまきで?」
「暗くてよく見えない。さらにガードレールをまたいだ。まず異常行動だ」
「子どもはそういうことをする。しかし大人になると、歩道もない道路のガードレールを越えるのには大きな理由がいるぜ。簡単にできるのにだれもやらない!?」
「そうかも。銃をかまえたさ。まず相手は人間じゃない。なにをしている?舌をのばして虫を捕まえて喰っていた」
「はっきり見たのか?」
「あ¨あ、みたさ!怖くて声をかけた『貴様!手を挙げろ!公務執行妨害だ』怖くて何を言ってるのかわからなかったさ。すると、ただの人だった。ねまきかなにか、服を着た婦人だ」
「………コーヒーをおかわりしよう」
「あ¨あ。そうしたまえ」
「そして?」
「あ¨あ。ぼくはわかったさ、なにげに知らん顔しているが、さっきまで長い舌を伸ばして虫を捕まえてたんだ」
「だが、問いただすことはできるはずさ、とぼけるのが難しい。単純に何してたんだ?こんな時間に」
「あ¨あ。そうさ。君の言う通り」
「で?」
「『外の空気を吸いたかった。寝苦しいので。保・安・官・さんこそなにしている?なにか事件か?』簡単にぼかされたさ。あ¨あ。」
「保安官さん?」
「あ¨あ。そういったさ。拳銃がきかないのがその時わかった。怖い?なん¨の。僕はアメリカ合衆国の警察官さ。上官に報告して、国儀にかけて…そして、そして、こいつを追放してやる」


3

長い雨の日曜日。僕はアルフレッドと電話で話していた。
「やめろよ。鼻がぐずぐずする。来年には結婚する予定なのに怖くなるさ」
「ああ。やめたほうがいい」
「本気かい?」
「冗談さ。全力で温かく君を保護する。君は結婚したほうがいいさ」
「それにしても気味悪い、インスマスなんて外惑星人」
「国家の機密や世界の極秘情報なんか僕たちの手に届かない。逆にいえば偉い人が処理してくれるんだ。僕たちは気を病まずに済む。そのかわり異星人の情報が来ない」
「いや、役所の僕らからすれば、インターネットのニュースにたいがいのことが蓄積されている。埋もれて、ネットでも発見できないレア情報になってる。国のトップより、ネットニュースほじくり返している奴の方がその道の識者とされるよ」
「ああ、そうさ。何が起きているのかわからないストレスと知ってしまったストレス。目の前にあるハッピーをかじってた方が、不意打ちでドカンときたとき、幸せだろうな」
「それで、インスマス討伐はどうなったんだい?」
「全力で体を鍛えているさ。対策室も建てられた。うちの州だけで月に5,6件の電話がくる。住民からさ。合衆国全体でどのくらいか?まだ統計が取れてない」
「君の奥さんがインスマスだったらどうするのさ」
僕は冗談半分にいった。
彼は自信たっぷりに答えた
「ああ。打ち殺すか、それでも愛すか。ふたつにひとつさ」


4


アルフレッドが張り込みの最中、路に座りこんでる爺さんを見た。
「なあ、爺さん。インスマスとか知ってるか」
「となりのアパートの住人がそうだな。国語…算数…理科…社会。学校で教わるが、インスマスはそんな暴れないな。妥協すれば暮らせる」
「ほお。そいつは、失礼、その住民はなんといっているんだ?」
「ツアドガの惑星になったんで、理解してほしいというな」
「強引だな」
「対してわしらと違わんな。見分けがつかんわけだ。殺人でもすれば話題になる。だが、犯罪もしないんではな」
「ツアドガとは?」
「インスマスの親分かな」
「困ったことは?」
「不気味なのは確かだな」
「なるほど。目的は?」
「ツアドガの支配下に置くことだな。やつらは夜中に虫を食べる。海に潜れる。企むというほど計画性がない」
「飲むか爺さん、レッドブルだ。若い奴らが飲む」
「だが、奴らの世界は明るい世界ではない!……もらおう。わしがこんなに詳しいのは!探ることに半生をささげたからだ。そのため金儲けの時間がおろそかになったわい。若いの警察だな」
「ああ。国民の安全は厳重に保護する!!」
「大切な人生を大事にしたければ危険に踏み込まん事だな。わしはいつ死んでもいい爺だ。何かの縁におしえてやる。あいつだ。あそこあるいとる。あいつはインスマスの一人だ」


5

「いまや、アメリカ国民はガラス玉を必死につかむことに夢中だ」
アルフレットがいった。
「その憶測が事実だったら?」
「ああ、ワトソンくん。うまい飯でも食ってつぐなうさ。あん」
僕は、周囲を見回した。
退廃的な空間。にみえる。
「わかったような、わからないようなことを口にすると…」
「ああ、ビフテキが喰えなくなる」
「カーテンを朝開ける時間をずらすとか、閉める時間をずらすとか」
「ああ、そんなたわいもないことでもガラス玉程度ならつかめるさ」
「僕は公務員だが小説で稼いでも?」
「アメリカ合衆国は福業くらいでびくともしないさ。金を稼ぐやつが好きな国家だ」
「酒で悪酔いしたら?」
「酒が飲めなくなる日をおもいうかべて悔しがるさ!」
そのとき女性二名が話しかけてきた。
「ああ、そこ、いつも私たちが座る席なんだけど…」
アルフレットはコップとびんと皿を意地のように抱えて席をずらした。
「ああ、どうぞ。いつものおとくいさん」

「夜の和む時間に小説は書かない」
僕はいった。
「そのセオリーをくずす」アルフレットがにこやかに答える。
「まず、胃腸を害する」
「アメリカの大企業のCEOとかが、セミに、日本法人で仕事をするとか言い出したら?。パソコンと電話があれば仕事になるとかいうんだ。」
「日本語はどうするのさ?」
「なんか国語がセオリーに話せるとか」
「なるほど、そいつはすごいや」
まだ、6月の気候なのに半袖でも暑い。
猛暑はやめてほしいが、火星で“最後の戦い”をこなしている砂漠の戦士たちみたいに退廃的な気分だ。やられてもいいが、苦しくない!
ぼく、(ワトソンがいった)
「ぼくは、…たばこをやめたが、こんな時吸うと安心するんだ」
アルフレットはなんでもないように、懐から煙草を取り出し、火をつけ吸い始めた。
シガレットはポーキーだった。
「…インスマスはどうしたのさ?」
「インスマスにやられるくらいなら、アメリカをはじめ資本主義国家はやられちまえ…」
(これも、インスマスの悲惨さの一つだ。僕はそう感じた…)

6

ぼく、(ワトソン)は電子手帳をとりだして見せた。
「僕なりに、調査した。この写真の男がインスマスだとおもえるんだが」
アルフレッドはいった。
「モニターもインスマスももう見たくない…それより音楽をかけてくれ」
「そうかい?でも、こんなところでかけたら怒られるよ」
「私的なキャンドルだ。神も許してくれる」


「ぼくは間違いなく手加減なしで殴っている」
「殴る!?補導されるぞ」
「作品だよ。力一杯小説を書いてる。手加減なんかしてない。でも、今あるくらいしか単行本にのらないんだよ」
「最初からその程度の実力なんだよ。オレだってそうさ、オレゴン州の警察に抜擢(試験に合格して配属)されて、勤めはじめた初めのころは手加減してたさ。いいか?アルフレッド、先輩を出しぬいちゃいけない。手柄はみんなのものだ。って」
「力の入れ方が甘いのよ」
声がしたが聞き流した。たぶんインスマスだ。
「スマートボールの玉を学生時代持ってきた。ひとたまだけさ」
「ああ、そういうことならあるさ…」
このとき、この後の恐怖をぼくらふたりとも、想像していなかった。
蒸し暑い湿度の高い初夏の夜。たばこを分けてもらい久しぶりに火をつける。久方ぶりの復煙はむせるというセオリーをくつがえして、懐かしく吸い、僕の時代より軽いよ、このシガレット、シュガーだといって。
ハンドルを切って、できるだけのことはしたさ。交通事故なんてたいしてことない。そう願ってフロントガラスを見上げる気持ちがこのときのぼくらには知る由もなかった。

7

アルフレッドがうつろにしゃべる、このときを懐かしく思い出す。
彼はもう元の彼には戻らなかったといっていい。
「この間、恋人がもってたバック。なんでだろう?おばあちゃんから借りてきたのか?とおもったら普通に流行のものだったのか、ああいのうのが…」
「カーターの妹かい?カーターは小うるさいぞ」
「もし、警察の方?あっちでケンカで負傷した男がいるんですが」
40代くらいの、紳士的というより、あなた本当に助けを求めてますかといった男だ。
(しゃべるなよ…!)
合図をぼくにおくり、アルフレッドは腰のピストルを手探りで確かめた。
(安心していいんだな……!?)
1hアウアーだ。それで連絡がなければ所に連絡してくれ!)


8

「ああ、話したい話があるんだ、あと1hアウアーまってくれ。そしたらいく」
アルフレットがいいわけする。かれはむしろ、この手の危険になれてる。警察官だ。
相手の男はつったったまま無言で待ってる。インスマスって感じだ。
なおもしゃべりつづける「レストラン経営なんか、芸術なんだ。客が楽しめる空間。それを探求し続ける学者。もてなすこと。図書館とレストランはセミに違う。ビリヤードホールとも、ゲームセンターとも、美術館とも博物館とも違う。食事のためにあるハウスなんだ。だから、料理が出せないといけない芸術だ。基本飯を食うために時間を過ごす。ついでに楽しめればいい。誰かに使われる。そういう考えの連中はもてなしにむかない。クスクス笑いながら他人の幸せを願う。それくらいじゃないと接客業は無理だぜ。単純作業に追われる。警察も!君らの生活を力の限り保護する。その名誉とほこり、悪人は叱らなきゃない。州の法律かぼくらか?料理屋を長年やれば、いろんな客の生活の一部が同居するんだぜ。結婚記念日、誰かの誕生会、ただなんとなく飯を喰う。雨の日の雨宿りのコーヒー。さぼりの営業マン。人々の生活をほんのりと味わえる。人の幸福に一枚かめる。そういう、哲学さ!」
「そりゃそうだけど…」
「僕は知ってる。人の仕事をじゃました女の夫は無職だ!働くのが嫌いならそれでいい。人をだまして金を稼いだ女の彼氏は仕事をさぼって金を稼ぐ……でも、いいのさ、日本とかアメリカくらいの巨大な国家じゃそのくらいじゃびくともしない。やりくりがきくのさ」
「きかない国もある。規模が小さいと負荷がかかる」
「男が社長なら妻は会長なんだ。僕は気づいた」
「カーターの妹がきみの会長かい?」
「そうとも」
「カーター本人がむせながら酒を飲むぜ」
「だから、女の経営がうまい国が繁栄する」
「じゃ、いってきなよ。なにかあったら、このスマートフォンがある…」
「ああ、またせたな、君、私的な磔刑につれていけよ」


9

アルフレッドは恐怖した。インスマスが暗がりの漁港の駐車場でたむろしてる。半人、半分半魚人。
ドボン、ドボン、海に飛び込む。
その、インスマスの声はまさに恐怖だった。
「君はわれら、インスマスの仲間の才能がある。退廃の世界に…」
「クラ」
まるでクラッカー(マリファナ)でもやっているかのようにアルフレッドは海に飛び込んだ。
以前、ワトソンは弁解した。
「怒るなよ、アルフレッド、きみがドジ踏んだのは僕らのせいじゃない。しかたないとおもぜ。回り道したから、今の自分があるんだ。大学の飲酒運転のばっぷは、君が飲酒運転撲滅のエネルギー源さ」
アルフレッドはいった。
「わかってたさ、君に説得されるとなごむ。説得力があるんだ…」

しかし、今は、おぞましい、頽廃の、インスマスの渦にまきこまれている。いたわりなどない。自分を失い、インスマスと化すのは時間の問題だった。
インスマスの核とおもわれる海中神殿にたどりつくと、機雷の手投弾に点火した。
落雷のようだった。
周りのインスマスが、電流にしびれるかのように、焼ける。
火花と電撃がインスマスの渦に流れ、アメリカ、オレゴン州の海岸付近の海を熱渦に巻き込んだ。
アルフレッドは殉職した。
彼は(もういちど、アメリカはオレゴン州のなじんだカフェでコーヒーと煙草を吸いたいと考えていた…)

インスマスの渦 完

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