アトランティス物語
アトランティスの吸血女
1 棺
ランプに火を灯し、地下墓地に下りてくる二人の男。
イーネスは悲しみを胸にジーナに言った。
「戦争から帰ってきたら、最愛にして唯一の肉親の
我が妹がこの世にもういないとは…」
老聖職者のジーナは厳しい顔をしたまま、答えた。
「原因不明の病でしてな。
アルアロリア様はあなたが国に帰る
一週間ほど前にお亡くなりになりました。
アトランティスの弔いの習慣に従い、
薬草で清め、石の棺に納められております」
イーネスはジーナがいたわりの言葉もかけてこないのが
少し不可解な気もした。
そして、ジーナはさらに言った。
「本来弔いの儀式が終わった亡骸の棺を開けるのは
作法に反することですぞ。
いくら、清めの薬草で防腐しているとはいえ、
あまりいいものではないことは軍医のあなたなら知っているはず」
イーネスは下り階段の最後をおり、
小部屋となっている棺の周りを明かりで照らした。
「肉親の最後の別れに一目という私の我儘だ」
ランプを床におき、石の棺の蓋を開く。
「アルアロリア!!…これ、なぜ葬るとき、瞼を閉じさせなかった。
それにしても、まるで生きているようだ。アルアロリア。
もし少しでも息があるのなら私のヒーリングパワーで救うことが…。
それにしてもよほど高価な清めの薬草を使ったのかジーナ…。
アルアロリアはまるで眠っているようだ…
最後の別れに、私の力を高めるこのオリハルコンの首飾りを」
ジーナはランプの明かりをちらりと見やり、イーネスに言った。
「さあ、もう明かりが少なくなりましたぞ。
軍医としてアトランティスの戦争に従事してきたあなたらしくない」
2 戦争終結の宴
アトランティスの都では戦争終結の宴が盛大に行われていた。
海軍の活躍を祝い、魚介類がふんだんにふるまわれた。
他にも、酒はもちろん、牛や羊も何頭も丸焼きにされ料理として出された。
海軍南方司令のアウストロはイーネスに話しかけてきた。
「ほう、軍医殿。あなたのことだから、
宴には来るが酒には手を出さないかと思った。
妹君のことは気の毒だった。
我々が戦争から帰る直前だったらしいな」
イーネスは答えた。
「喪に服してふさぎ込んでいても仕方ないと思いましてね。
南方司令艦殿、戦争終結おめでとうございます」
アウストロは羊の薄肉を口にいれ、イーネスに言った。
「それにしても、今度の蛮族には手こずらされた。
我がアトランティスの文明を受け入れたほうが
自分たちの未来のためだと思うが」
イーネスは葡萄酒を飲み、答えた。
「我らが飲む強い酒は蛮族には脳を冒す劇薬にすぎません。
彼らは酒精の弱い薄い酒で十分酔いしれるのです。
我らアトランティス軍のやっていることは
飲めない客に強い酒を勧めているに等しい」
アウストロは杯に酒を注ぎ、言った。
「ふん。あなたも、十分に強い酒を飲んでいらっしゃる」
そのころ、アルアロリアの地下墓地では、墓泥棒が侵入していた。
「おお、これはオリハルコン!!
かなり小粒だが、
金やダイヤなどオリハルコンに比べれば石ころの値打ちしかない。
アトランティスが繁栄国家だとはいえ、
小娘一人にこんな墓を建てられるのも金持だけだ。
おれが、盗んでも罪にはならんなぁ」
3 特別国家管理軍
イーネスはアウストロ南方司令に呼び出された。
「イーネス殿、実は、南方海域のこの都で行方不明者が頻出しておる。
国家治安兵を既に出動させ、原因を探っておる。
ところが、治安兵の中にまで行方不明になるものが出てくる始末。
そこで、特別国家管理軍を出動させようと思う。
それにイーネス殿も参加してもらいたい」
イーネスは首をかしげながらアウストロ南方司令にたずねた。
「この治安のよいアトランティスで
そのような事件がおきるのはまれなこと。
ここ十数年なかった話です」
アウストロ南方司令は言いにくそうに言った。
「軍としては恥ずかしいことだが、
実は、都でも一部の間で既に噂になっているのだ。
死にかけた兵のひとりが戻ってきたが、
大量の血を吸われている上、蛇の毒が体内から検出された。
万が一のため火葬にして弔ったが…」
「まさか吸血鬼の仕業?」
「それであなたを…」
イーネスは2日後特別国家管理軍とともに捜査に参加することになった。
都の南方宮殿では婦人がたが噂をしていた。
「イーネス様は少しのぼせ上っているようですわ。
吸血鬼は必ず私が退治するとか言ったそうな…」
「イーネスの神通力でも通用するかどうか。
不明者は男性か子供だという噂だけど、
吸血鬼は私たち婦人の血も吸うのかどうか」
4 黒いドレス
出動の前夜、イーネスはひとりでバルコニーで葡萄酒を飲んでいた。
黒いドレスを着た女がこっちに向かってきた。
暗闇にまぎれて最初は誰だかわからなかった。
すぐ近くまで来て、はじめて死んだ妹のアルアロリアだとわかった。
「まさかそんな、アルアロリア!?いったいどうして!」
イーネスの頬を涙が伝う。
「こんばんわ。お兄様。ご機嫌いかが?」
「いったいどういうことだ、私は夢を見ているのかアルアロリア!?」
「最後のお別れに来たのよ、お兄様。
ご存じの通り、私は病気になりましたけれど、
自分が蛇になっていく夢を毎晩みましたわ。
だんだん人間の私でいられる時間が短くなっていくのがわかっていたわ。
今日は私が人間でいられる最後の日。
さようなら、お兄様」
アルアロリアはそういうと煙のようにかき消えた。
5 討伐
ジーナはオリハルコンの首飾りをイーネスにわたして言った。
「棺は半分あいたまま中は空でした。
首飾りが落ちており、血痕がのこっておりました」
イーネスは無言でうなずくと、吸血鬼討伐に出発した。
昼間のうちは手がかりもなかったが、
夜になると、特別国家管理軍のひとりが、
血を吸われた死体を発見した。
死体は見る見るうちに塵になって消えたという。
連絡をうけてイーネスがその付近に向かうと、アルアロリアの声がした。
「吸血鬼になった私を葬りに来たの?お兄様」
見るとアルアロリアが夜の闇にまぎれて立っている。
口には血の跡がついている。
いつのまにか、イーネスと同行していた二人の兵は
崩れるように眠り込んでいる。
再びアルアロリアに目をやるとそこにはもういなかった。
「お兄様。お兄様」
アルアロリアが呼ぶ声がする。
上をみやると、建物の屋根の上にアルアロリアがいる。
イーネスも屋根の上に登った。
アルアロリアがささやく。
「お兄様に私が殺せるのかしら。
その剣で心臓を一突き!
私は一歩もここから動かないわ」
イーネスは言った。
「私にはアトランティスを守る義務がある !
それにお前はもうアルアロリアではない。
アルアロリアはこの世にはいない」
イーネスは腰の剣を抜くと、神通力をこめて胸を一突きにした。
アルアロリアは驚きと苦痛の表情をうかべ、
口から血を吹き出し、恨めしそうな顔をして、
粉々の灰になり風に飛ばされた。
6 吸血鬼の噂
イーネスはそれから三カ月間寝込んだ。
崖の上をアルアロリアが歩いている。
呼んでも、ふりむかない。
追いつこうとしても追いつけない。
最後はアルアロリアが大蛇に喰われるか崖から落ちてしまう。
そんな夢ばかり何度も見た。
三ヶ月目にしてはじめて、アルアロリアがふりむいて、
決して笑わなかったが、会釈をして消えた。
それ以来、アトランティスでは吸血女の噂をきかなくなった。
アトランティスの吸血女 完
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