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2015年5月25日月曜日

抹茶



抹茶






1



私の仕事は図書館の司書だ。
一般公共図書館の専門職員で図書館法第4条に定められた資格を取得した。
学生のときの自分は、『あんな人実際にいない』だ。
自分は確かにここにいるのに、存在しない、ありえない。
どういう意味だろうと思ったが卒業した。

私(サナコ)は図書の返却、貸出、整理、保管、掃除などなんでもする。
以前は民間企業の一般清掃の業者が清掃をしてくれていたが、ある営業マンがやってきてこの公立図書館にもプロジェクトがはじまった。
そのプロジェクトに予算をさいたため、当分業者を断って自分たちで清掃業務や掃除機かけをしている。

図書の数はものすごい数におよび、タイトルを体系的に分類するとなると膨大な作業になる。
分類しようとしても整理しつくせるものでないとさとる。
この図書館は結構な広さだ。
ただ単に本棚に本があるのではなく、コーナーをもうけて、いってみれば迷路のような奥行きを出そうというプランなのだ。
それは私の意見でもなく、図書館の司書の誰かのプランでもない。
営業マンがもってきた、民間企業が制作したプランなのだ。
あいてはプロだけあってカタログからノウハウまで完ぺきだった。
向こうはビジネスでやっているだけに、さすがこれならと思えるシステムを売ってくる。
私には到底無理だろうけどくやしいわけもなかった。

新聞やニュース番組のように今の時代、世のなかでなにがおきているのか、『リアルはどこでつくられている?』みたいなコーナーには、現代を把握できる新刊書、新聞、雑誌などがタイトルされる。
『現代人の考え方』みたいな、思想、現代人の哲学などの本もある。
このコーナーにはいりこむと今の時代が見えてくるというプランらしい。
書店にいってタイトルだけみてまわるとか、テレビニュースに首を突っ込むとか、新聞を閲覧するとか、最新兵器のインターネットをザッピングするとかでも同じことだろうけど、この図書館では独特の世界のリアルが把握できるはずだ。

ちなみに『』の中はうちの図書館にある本のタイトルだ。
※実際にあるというわけではありません。ないともいえない。



2



「あー、この本で最後だ」
『万が一のリスクがあるから、その会社はリッチなのだ』という本を棚に収める。
このコーナーは狭い範囲をぐるりとかこんだへこみにつくられた。
送られてきたカタログをみくらべながら、配置を決めて、ポリバケツでぞうきんがけをして、本を納めていった。

「えーと、なんなんだろう。このコーナーの趣旨は」
サブタイトルは安定した鉄に光はないだ。
「サナコさん、こっちも手伝って」
「へーい」

「ただ今工事中」の看板でふさいであっちを手伝いにいく。

営業マンのひとがやってきていた。
「ええ、このように各コーナーを複雑な迷路のようにつくることでアドベンチャー的な広がりのある図書館に……みるたびに違う空間に引き込まれる…」
「ああ、ハイハイ。いま館長をよんできますので」

だけどもう、この図書館についての話は、あまりでてこない。
この「抹茶」はそういう話ではないからなのだ。



3



業務が終わるとスピーディに帰宅する。
休みの憩いの場はいつも近場だ。

八百屋で奥にいくと、そこの娘のハナエがでてきた。
「おっ、きたな。ま、あがりなよ」

このハナエとは、古くからの親友のはずだった。
それは小学校低学年から?それとも高校だったか、いや、学校を卒業して図書館の職員に勤めてから知り合ったんだったろうか。
なぜか、このハナエとの関係を思い出そうとすると、海の波があぶくでガバガバいうように記憶が海の底に沈むのだった。
ただ、ハナエと私は自宅友達ではあるけれど、学校は大いに別々に育っている。
近所なのに学校が違うのは東と西の学校の境界線で分かれているからのようだ。
ハナエにいわせると、「とっても偉い人に私たちは魔法をかけられて記憶を失っているの」という。

二人の間のルールに関してもそうだ。
弁護士といえど、法律の全部はうろおぼえなように、自分たちのルールが決められている感じがするのだったが、しかし、記憶があいまいなため、自分たちでも自信がないのだった。
「あんた、それは公職選挙法違反みたいなものだから!」
みたいな感じがするのだったが定かではないのだった。
「いや、…違うか。別に押し付けるつもりは…」
みたいにもめるのだった。

「ま、あたしは実家の八百屋を手伝うことにしたわけだけど。図書館勤務のあんたはどうよ。楽しい?」
ハナエはそういってなかにいれてくれた。
そこは普通の民家の一室だが、自分たち二人のリゾート地なのだった。



4


ハナエの実家の八百屋には大根しかない。大根しか置かない店にしたらしいのだ。
しかし、たまに気まぐれなのか、南瓜(かぼちゃ)が置いてあるのを私はみた。

そして私たちは、あまりに健康が過ぎるとき、手ぶらで楽なのが続いたとき、地位の低い人にされて苦しむのだった。
「図書館の仕事。わかってきた。手仕事がいそがしいときは精神的に重たいのが来ない」
「ふんふん」
「つまり、どっちか振り子のように重たいものが分割されてくるらしい」
「そして?」
「そういう見えないルールに気がついたとき……気がついてしばらくは攻略できるけど…ルールが辞書か六法全書みたいに違うルールに置き換わって気がつかないでいることになるの」
「ひゃー」

何かしているのは疲れる。図書館の司書だけで十分だ、私は。でも、無動作でいるのも苦痛である。なんとなく簡単にぶらぶらしているのが一番楽のようだ。

横になるのにいいマッサージチェアみたいなのに二人で横になり、窓を開けて日光を浴びる。
八百屋の裏の庭はちょっとした、素人が作った変わった庭園だった。
図鑑とかテレビに出るようなイングリッシュガーデンとかは異風さがない。
民間の個人の趣向からにじみ出る我流の庭はおもしろいアートだ。
プロのアートはみな似てくるのだろうか。
「ハナエ」
「ん?」
「図書館ってさあ、お金とるのもケチなら、タダで貸し出すのもケチってきがするよね」




5



図書館の午後、二人連れのおじさんがしゃべっていた。
「『若きウェルテルの悩み』ってリゾート地みたいだろ。現実だったら不気味だよ」
(ウェルテルか…ロッテだったっけ?あれってゲーテって勝手に実在の人物小説にしていいのかね)
そう思って棚をみるとゲーテの著作のかたまり、そのとなりに『バイロン全集』。
あのおじさんたちがユーターンしてきた。
「バイロンとゲーテを一緒にするなよ」
(ゲ、横に並んでる。うちの図書館)




「きたな、サナエ」

二人して結構いいイスを横にしてながまる。
夏で暑くなってきた。
湿度もあるか。
扇風機をまわして風に当たる。
「ハー、疲れた」
「疲れましたか。だいぶ息上がってるね」
「そりゃもう、百烈拳とかやっている体格はしてないからね」


テレビをつけてみた。
掃除機をかかえて男につっこむアニメがやっていた。
「何このアニメ…」

中国四千年の歴史。
「…ハナエ、あのさあ、中国四千年っていうけど、実際は七千年とか一万年いくよね」
「ふーん、サナコさん。あの掛け軸みてわかる?文明の地平線は数えないから四千年っていうんじゃないの」
「おサルさんかね」
掛け軸は印鑑をついたような、漢字でまじないの絵図みたいなものだった。
「…なんとなく伝わるきがする。読めないけっど、伝わる中国のカセットテープ」
サナコの頭に映像みたいのが浮き出て見えたきがした。
サナコは手のひらを広げてこういった。
「長安の都はあれからどうなりましたか?」
「なにそれ」
「これだけ日光を集めて文明をおこすのに、ものすごい難しいとわかりました。けれどもとっても危ないことだとも」
「文明もないとくつろげないよ、サナエ」
「あ、われに返った」
何人もの義人の義の上に法則のある世界が構築されるのかもしれなかった。
それは義がもろければ、銀河帝国の翼がギシギシと折れ、カシがった巨大帝国へとなる。
それは不安定な独楽のようであり、ポテンシャルは高いが大惨事をはらむ。




6



「抹茶のアイスクリーム食べよう」
天気がよかった。快晴といっていい。
怪談のかわりにアイスで暑さをしのごう、しのごう。

ハナコの八百屋のとなりの甘味処(かんみところ)
入ると席は埋まっているのに近かった。
なので頼んだ抹茶のアイスができると皿ごと花この家にはこんだ。
あとで皿は返す。
馴染みの店だった。

「うん、冷たい」
「抹茶の風味がさっぱりして甘さとあうよね」

ふたりとも夏場の安定気候と気圧の無神経さからバランスが崩れ、体調がよくなった。
「すごせるし」
「すごせるね」
体調の崩れが退屈をおいはらう。
よこになっていると涼しい。

「中国旅行に行って来たおじさんが買ってきたゲームやる?ボードゲーム」ハナエがそういった。
「なにそれ」
「麻雀と違って歴史に隠されたゲームだって。中国魔術の一種で秘密のゲームだとか」
「それって人気なくてはやらなかっただけじゃ」

中華風のサイコロがある。
麻雀パイの絵文字みたいだった。

ぶらぶら暇つぶしにその中国のゲームをやった。

サナコはなんとなくおもった。
自分は化学はよくしらないけど、大昔の錬金術とかで…
それは魔法陣から何かを呼び出すように、この世にない未知のものをとりだせるのだろうと。
魔法陣から呼び出される異形の悪魔は、自分たちの近所にいない。
それゆえ、隔離され距離が遠方の情報をもっている。
新鮮で未知の情報。

化学の魅力はこの世にありえないものを作りだす魅力で、それに似たものはたくさんある。
インターネットも、ウェブサイトの海から釣りをするように、獲物(サイト)を釣ったりできる。
ザッピングしていて釣果がよかったとかあるだろう。
工作もそうだろうし、買い物もある意味、自分に不足している新奇な何かを補充できる。
新製品のスマートフォンとかコンピュータは未知のなかったものをはらんでいる。
ありえないものをこの世に呼び出すのが化学の魅力のひとつなのかも。

サナコはいった。
「よくしらないけど、有機化学でサッカーボールの分子のなかにサイコロをいれたり、フラーレンだかで超電導とか」
自分たちには中国魔術のラジオがある。

図書館には呼んでない本が山ほどあるし、抹茶のアイスもまだまだ食べたい。
サナコとハナエは天気がいいだけでうんざりするほど、ダラダラしてすごせるのだった。

『則天武后の宝』
※この本は実際にあります。
この本を開いてめくって見た。
「難しい本の方がいいよ、ハナエ。頭に入る本だと、読まさるけど疲れる。頭が疲労するよ」
「チョイ難しい本、ながめて手を休めるとありがたい単語だけみつかるってわけね、サナコ」

ふたりは、そうやってダラダラと余暇を送ったのだった。











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