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2010年10月11日月曜日

かまぼこ学校

かまぼこ学校




1.入学



昭和45年の春、高校を卒業した則子はかまぼこ学校に入学した。


レンガづくりの建物というより倉庫のような校舎だった。


埼玉の実家から海のある田舎で一人暮らしをしながらかまぼこ学校で勉強するためやってきた町は、


実家のある町よりいっそう静かな町だった。  


かまぼこ学校の朝は早い。おりたたみのテーブルで朝ご飯を食べ、学校へ行く。


則子は高校3年から母にこのときのため料理を教わっていた。


高校のようにつくえに向かっての授業もあるが、大部分はかまぼこ作りの実習だった。





2.一学期





頭に三角巾をまいて校舎の西にあるかまぼこ工場で実習する。


この実習には体力がいる。高校の時体力には自信があったけど、


実習が終わって帰るとくたくたになっている。


学校にはいって最初に仲良くなったあきちゃんは地元の高校を卒業して、


そのまま、かまぼこ学校に実家から通っている。


あきちゃんに釣りを教わったおかげで夕食代がういた。





3.授業





食品化学の授業は難しい。


高校の時、化学をもっと勉強しておけばよかった。


あきちゃんは難しい本を読む。


貸してもらった「ボヴァリー夫人」をなんとか読み終えた。


ほとんど頭に残ってないけど女の人が医者と結婚して借金だか何だかでヒ素を飲んで自殺する話だ。


ヒ素というところだけはっきり記憶に残った。


もってきた高校の化学の教科書をおりたたみテーブルで復習しているからだ。


ヒ素。元素記号As。


おりたたみテーブルは食卓にもなれば勉強机にもなる。


一人暮らしのために買ってもらったお気に入りだ。






4.給食





かまぼこ学校はお弁当じゃなく給食がある。


パンと牛乳とかまぼこと汁物が毎日つづく。


かまぼこが嫌いな生徒ははじめからここにこないけど


さすがにパンとかまぼこの組み合わせはどうかと思う。


高校のときは朝、お母さんに手伝ってもらってお弁当を作っていた。


高校の時のことは鮮明に思い出せない。


記憶としては勿論はっきりと残っているけど何か他人の出来事だったような気がして


ずいぶん昔のことか映画で見た記憶みたいだ。


「のりちゃん。朝よ、おきなさい」


というお母さんの声で起きていたのが、


今は当たり前のように自分で目覚ましをかけて起きているのが不思議な感じがする。






5.とてつもない実習






食品加工学の授業は月曜日の一時間目にある。


あきちゃんに「月曜の朝から食品加工学はつらいよね」というと


「教育師範らしい時間割だよね」といって


ノートと食品加工学の教科書を鞄からとりだした。


明日からとてつもない実習が始まる。


実際にかまぼこ漁船に乗って漁にいくのだ。


なにもそこまでしなくてもいいのにと思う。





6.授業参観





教育師範の先生が


「来週の日曜日に授業参観があります。


遠方からきている方も多いので、希望される父兄の方のみの参観ですが、


封書で連絡は送ってあります。授業計画書にあるとおり次の日からは夏休みですので、


帰郷される方は親御さんと帰られるといいでしょう」


埼玉から北海道まで両親が来るとは思えないので気楽に授業参観を終えて次の日からは夏休みだ。






7.夏休み





埼玉は遠いし、


冬休みには帰るけど、


とりあえず夏休みはこっちにいることにした。


両親に手紙を書いて、ポストに出しに行って来た。


ここにはポストは駅前にひとつだけしかない。


坂を一つこえて、とこやの角を曲がると小さな駅がある。


日差しが強く、帰ると疲れてお昼寝をした。






8.あきちゃん





夏休みに入って1週間したらあきちゃんと海に遊びに行く約束をしている。


明後日がその日で待ちきれない。


わたしは休むことは好きだが待つのは嫌いだ。


浜辺の大きめの石を動かすと小さな蟹がたくさんいて、


いそいで次の隠れ家を探しに動きまわる。


あきちゃんは蟹をつかまえて魚籠にいれた。


おやつ代わりに煮て食べるのだそうだ。


あきちゃんの家で蟹を煮ると赤くなる。


小さな毛ガニのようだ。


蟹は小さすぎて食べるところがないけど汁はだしが出ておいしい。


そのあとあきちゃんの家のテレビを二人で観た。テレビを観るのは久し振りだ。






9.新学期






夏休みが終わった新学期の朝、起きてみると少し緊張していた。


高校のときもその前もこんなことはなかったはなかったはずだ。


今日は、かまぼこ作りの実習はあったが、学科はなかった。


教育師範の先生から卒業生が実際にどのような進路に進んだのかについてのお話があった。


学校付属のかまぼこ工場に勤める人、


かまぼこ小売店に勤める人、


稼業のかまぼこ関係の仕事を受け継ぐ人などさまざまだ。


かまぼこ学校の授業料はすごく安い。


かまぼこ工場で私たちがつくったかまぼこの売上


で授業料がある程度まかなわれているからだ。





10.かまぼこ学校2009年の海辺





休憩時間。


則子の卒業したかまぼこ学校は2009年の今も続いている。


校舎は取り壊され、則子の時代の倉庫のような建物ではなく、


現代風のハイカラな校舎になっていた。


かまぼこ学校の休息時間。


かまぼこ学校生がおしゃべりをしていた。


「ポールセンの針金録音機、買った?」


「あれ、デザインがアンティークでありながら未来的なんだよね」


「あのデザインで、ミニプレーヤーとかあったらいいよね。


アップルから発売しないかなあ、iPodアンティークとかいって」


「お誕生会とかで使いたいよね」


「大人の科学みたいに自分で組み立てるミニプレーヤーもいいよね」


「わたし、学校の実習とか苦手だから、そういうの無理」


「わたしは、ベットの枕もとのサイドテーブルにめざまし時計として置いておくの。


それで、好きな音楽で朝、起きるの。そして、学校へいく」


則子もあきちゃんも、もういないし、


レンガ造りの校舎も今はないけど、


かまぼこ学校生の休息時間は昔と変わらない光景が続いている。

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