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2012年1月6日金曜日

新古典版 『ファウスト博士』







新古典版 『ファウスト博士』

1 魔法陣


ビロード張りのソファに身を沈め、3人の男たちが酒を飲んでいた。
ロウソクの明かりが埃の積もったテエブルの上でチリカラ揺れている。
書籍が棚やらこれまた埃のかぶった机の上に散乱している。
殺風景を通り越して趣があるといえようか。
三人の話題は魔法陣のことに向かった。
「私の読んだ魔法書には、魔法陣から美しい白馬をだし、それに乗ってドイツの高原やら、フランスのブドウ畑まで、駆ってきた若者の話がのっている」
「なんだ、山師にだまされることになりそうな話だな。エジプトのピラミットから発掘されたというこの酒は、酒精が酢になりかかってる。うまいというより埃を飲んでる気分だ」
「ファウスト博士、本当にエジプトから発掘された酒なのかい?」
「さあ、どうだか。3000年も昔の酒など蒸発しているだろう。アフリカの原始人由来の酒だとか…」
ファウスト博士が答えた。
「それも本当かい?」
「あてずっぽうだ…」
「それより、俺たちも魔法陣を描いてみないか。魔法書のこのページに図版がのっている…」
三人がかりで、真紅の絨毯(これも新品の時の話で、埃と汚れが年月の長さを語っている)に象牙のステッキで魔法陣を描いた。
三人のひとりが呪文の文句を唱え、悪魔を呼び出そうとした。……けれども、なにもおこらなかった。
「僕には無理だった…君がやってみたまえ」
もう一人が呪文を唱えたがやはり無理だった。
「かわりたまえ、わたしがやってみよう」
ファウスト博士が呪文を唱えた。
すると青白い明かりとともに小悪魔が魔法陣の中央から現れた。
「おお?」
「ファウスト博士!本当に怪物が現れたぞ!」
ファウスト博士は小悪魔に命令した。
「地獄の悪魔をここに連れてこい」
小悪魔は答えた。
「地獄の悪魔!?この書斎など火焔と地獄の煙にやられて、旦那がた、お偉い方かもしれませんが、散々な目にあいますぜ!?それにあっしの立場では地獄のつわものの旦那に口をきくなど…」
「それもそうだ」ファウスト博士がいった。
それを聞いて、二人の男たちは泡を喰った。
「ファウスト博士、やめろ!悪魔を封じ込める術など、いちいち書物をめくらなくてはわからないのだぞ!?」
「私は少し心得がある。それではお前の主(あるじ)を呼んで来い」
緑色の蛙のようなイボだらけの小柄な怪物は、これまた蛙のような飛び出た目玉をギョロつかせ、こういった。
「あっしの親玉は、地獄のデーモンなんかにくらべりゃ、おとなしいお方でしょうが、悪知恵が冴えてまして…それでよければここにつれてきやすが!?」
ファウスト博士はほかの二人に訊いた。
「どうする二人とも!?とりあえずこの建物が火炎で焼け落ちることはなさそうだが?」
ほかの二人は冷や汗をかきながらも、賛成した。
「だがまて、ファウスト博士!?魔法の道具と呪文を準備しとく」



2 メフィストフェレス


「エジプトの魔法使いがつかっていたという杖だ」
「それがあれば守備は万全かい?」
「なにしろ4000年も昔の道具らしい…」
ファウスト博士がいった。
「しぃぃ。二人とも…くるぞ」
さっきの緑色の小悪魔とその隣に、黒ずくめの衣装を着た悪魔がたっていた。
「はじめまして、メフイィストフェレスと申します。さっそく魔法陣からだしていただきたいのですが?」
ファウスト博士はいった。
「なら、賢者の石をみせてみろ」
悪魔は答えた。
「賢者の石!?そんな代物は魔王の城を滅ぼすいきおいでないと手に入るわけがありません。私やあなた方3人の魔法力ではどうあっても手に入ることはないでしょう…」
「それなら、この錬金術書の第6巻をもってこい」
「それなら、私が地獄の同胞がもっているものを書き写してきましょう」
三人の一人がいう。
「それなら、この羊皮紙とインクをわたす。それでどうだ!?」
メフィストフェレスが答えた。
「そんな紙切れでは地獄の火焔で焼けつきてしまいます。地獄の息吹で焦げない紙を用意していただかないと」
三人の一人がまたいった。
「それなら、地獄でいちばんの美女をつれてきて見せろ!」
「あなた方が地獄に落ちて、本人にあった方がはるかに早いでしょう。亡者を人間の世界に連れ戻すには、地獄の番犬ケルベロスと争う必要があります」
ファウスト博士がいった。
「蠅の悪魔、ベルゼブブの姿だけでいいから映し出して見せろ」
メフィストフェレスはおちつきはらっていった。
「それなら、可能でございます。しかし、お代は?契約を先に済ませませんと…」
ファウスト博士は答えた。
「三人のうちの一人の魂と交換だ」
「よろしいでしょう」
見るのも醜悪な悪魔の姿が映し出された。
昆虫の化け物だが、よく見てみると、おぞましいのは化け物がはっする熱風だった。地獄で何かやりとりしている様が映し出され……
「もういい、もうよせ!」
耐えかねた一人が怒鳴った。
メフィストフェレスはこう言い残し消えていった
「この次来るときお前たちのうちの一人の魂はわたしのものだ。アハハハハハ」


3 契約の晩


その夜は嵐だった。破風がガタガタいい。雨が窓に叩きつくようにふり、滝のように伝い落ちた。
三人はロウソクの明かりのもと酒を飲みながら相談していた。
「土耳古(トルコ)の葡萄酒だ」そういって、ファウスト博士は仲間の一人に酒を注いだ。
「うまいな。それでどうするんだファウスト博士?。今夜があの悪魔が来る日だ」
ファウスト博士はいった。
「契約に上乗せして、仕事をさせる。わたしの魂も追加して…」
もう一人は煙草をふかしながら、エジプトの杖をさすっていた。
「あの魔法陣は消そうとしても消えなかった…」
不意に雷が鳴り、青白い煙とともにメフィストフェレスが現れた。
「約束どうり、魂をいただきにきた。それで誰の魂をいただけるので?」
三人はソファでグラスを眺めたり、煙草をくゆらせたりして、無言でいた。
悪魔はつれの緑色の小悪魔をつついた。
小悪魔は三人に火の玉を吐き出した。
エジプトの魔法のつえと火の玉がぶつかり火の粉が飛び散った。
三人の一人が煙草を吸ったまま返事をした。
「一人ではなく三人分の魂で契約する。だからもうひと働きしてくれ」
悪魔はニヤリと笑うとこういった。
「いいだろう。しかし、地獄はこのあいだみたとおり、生ぬるい世界じゃないぜ。ずいぶんはったりを噛まして落ち着いてるみたいだが…この間はめっぽう怖がってたじゃないか?」
緑色の小悪魔も眠そうな顔で口を開いた。「これでも親切でいってるんですがね、旦那方」
ファウスト博士が口を開いた。
「紳士的じゃないな。悪魔が契約が終わる前に…魔法陣からでる許可を与えよう。グラスを持ちたまえ、土耳古の酒だ…」
悪魔がグラスを持ち、ファウスト博士は酒を注いだ…そのとたん!酒が火を噴きたちまち消えてしまった。ニヤニヤ笑いながら悪魔はいった。
「はったりにしても上出来だ。それで最後の望みは?」
「私達三人が地獄の中でむこう40年間自由でいさせろ」
悪魔はしばらくの間、難しい顔をして考えていたが、「よし、それなら地獄へつれていってやる」といった。
そのとたん、地獄の火焔が辺りを包んだ。三人はもうもうたる煙にまかれて気を失いかけたが、骸骨の馬がひく馬車に乗せられ、運ばれていった。





4 ゲヘナ


荒れ野に倒れていた三人は気がつくと辺りを見回した。
「ここは…」
上の方から声がした。
「ゲヘナだ…」
見上げると、鎧を着たミイラの巨人が槍をもち立っていた。三つ目だが、空洞で眼球ははるか昔に消失したらしかった。
「これを食べろ…死者の食べるパンだ…」
ファウスト博士は答えた。
「いらん。”働きたくないものはパンを食べるな”と新約聖書の『テサロニケへの手紙』にも書いてある。おおかた、労働をせず飲み食いしたい亡者の食物だろう」
ふと、あたりに、死者のパンと腐ったミルクをガツガツ食べ漁る亡者が見えたような気がした…。
巨人のミイラはこうもいった。
「ゲヘナの奥深くに行きたければ、あの行列についてゆけ」
みると、ミイラの戦士が隊列をつくり行進している。
三人は隊列の最後に並んで歩きだした。
長い時間がたったような、また、一瞬だったような気がした。
気がつくと自分たちだけで歩いていた。
洞窟があり、真っ暗だった。
真の闇がそこにあり、すすり泣く声が聞こえてきた。
さすがに三人も怖じ気づき、エジプト人の魔法のつえをかざし呪文を唱えた。ロウソクほどの明かりが灯り、安堵のため息が聞こえた。
同時にすすり泣く声は水滴が池に落ちる音だったときがついた。
抜けると枯れ木の森だった。葉っぱが一枚もなく、さもしい感じが延々と続いていた。
「あれは…私の実の妹を殺した男だ!」
その男のあまりに過酷な責苦に、さすがの恨みもかき消えた……どころか、恐ろしさの余り震えるくらいだった。
「どうだ!?お前があれほど憎んだ男の今の姿は…」
声がはるか上空でこだました。
震える三人にまた声がした。
「どうした?許してやるのか…あまりのおそろしさに地獄から逃げ出したくなったな!?だが、まだだ、歩け!あと少しだ…」

5 結び


荒野を歩いて行くと巨大な竜が群れている。草を食べているように見えるが、もしかしたら自分たちも喰われるのかもしれなかった。
そのあまりの巨大さにこちらには気がつかないようだが、もし気がついたら…?という思いが恐怖を増大化させた。
神経質になりながら巨竜のあいだを抜けゆく。
気がつくと巨竜の群れははるか後ろになっていた。
安心して脂汗をぬぐうと、都合のよいことに小屋があった。
三人は中に入り休むことにした。
樽があり、空かと思ったが、幸運にも酒が入っていた。
「飲めるのか?」
「欠けて埃まみれのグラスだが一杯やろう」
「暖炉のまきに火を起こせ」
三人はつかの間の休息を楽しんだ。
と、窓の外を見ると、巨大なギョロ目がこっちをにらんでいる。
ファウスト博士が呪文をとなえると聖なる竜巻がおこり目玉を切り刻んだ。一つ目の巨人が怒りにまかせて足で踏みつけようとしたとき、メフィストフェレスの魔力でみた映像のベルゼブブがあらわれた。
その巨大さは一つ目の巨人をつまんで、ひとのみにするほどで、おぞましさはあの映像の比ではなかった。
三人は震えあがり「地獄から出してくれ!頼む」と叫んだ。
気がつくと三人の酒瓶の転がる書斎で、メフィストフェレスがニヤついている。
「なんだ、もうお終いか?あれほど威勢がよかったじゃないか…」
三人のうち一人がいった。
「貴様…!!」
ファウスト博士が制した。
メフィストフェレスは落ち着き払って(魔法陣の中で)いった。
「君たちの魂など地獄にいらない…頼まれなくても地獄は人が次々やってきて、誰かに連れて行ってほしいくらいだ。むしろ追い出すのが悪魔の仕事というわけさ」

お終い

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