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2013年9月14日土曜日

パァンとサアカス 前夜


パァンとス 前夜

あのパァンとサアカスが帰ってきた。
読みやすくなったラジオ小説サイトバージョン



写実と抽象




写実の朝

ソルコリギター・ソリィコギッチの朝は目玉焼きから始まった。
朝の目玉焼きの黄身は、輝くような黄金のような黄身で、朝日の太陽の光をうけ、黄金色に反射し、白身の白さをさらに明るくしている。
フォークをさすと、黄身がやぶれ、黄金の太陽が洪水のようにあふれてくる。

玄関は居間より暗かった。右の足に靴をはき、靴べらを持ちかえると、今度は左の足に靴をはく。左足を前にだし、次に右足を動かす。
ドアノブに左手をかけ、反回転させる。ドアが開き、朝日がやや暗い玄関を明るくする。
ソルコリギター・ソリィコギッチの朝がこうして始まろうとしている。

抽象の日中

いつものように大変な仕事をこなし、

夕方の帰宅時間にソルコリギター・ソリィコギッチ
は家に向かう。

踏切で警報機が デン デン デン デン と鳴っている。



ソルコリギター・ソリィコギッチの足元に野良犬がまとわりついてくる。
野良犬は右足をソルコリギター・ソリィコギッチの靴ひもにからめ、
牙でズボンのすそを齧る。毛の色が狼のような、黒黄金の堅い毛で、野良犬でなければ、よほど訓練されているだろうとソルコリギター・ソリィコギッチは頭の中で考えた。体の位置を半分、右にずらし、ソルコリギター・ソリィコギッチは踏切が開くのを待った。しかし、野良犬は齧りついてくる。靴の、しかも踵に齧りつき、糸が出ると、それを引っ張り出し、後ろに下がっていく。踵はどんどん削れて糸になる。今度は右の踵も齧るのか、とソルコリギター・ソリィコギッチが考えた時、彼は、左手に持っていた傘で犬の頭をコツンとたたく。


「わたしの犬に乱暴は止めてください」



踏切の警報機は鳴り終わり、閉じていた道路は開きだす。

「飼い犬でしたら、ちゃんと押さえていてください。

おかげでわたしの靴の踵が…」

「これは失敬! 糸が見えていますな。弁償しましょう」

「いえ、結構。わたしはソルコリギター・ソリィコギッチといいます」

「わたしの名はエスーフエルフ・マロマデシャ」

エスーフエルフ・マロマデシャの飼い犬に削られた、靴の踵のお詫びに、
エスーフエルフ・マロマデシャはソルコリギター・ソリィコギッチに半熟玉子を御馳走することになった。
雪道のロシアは、夕日の赤みと、青い空の残りの青さ、白い雪の地面とが、優しく融和し、黄昏の楽園を醸し出している。
似顔絵描きの青年が、客がいないのをいいことに、ロシアの雪の夕焼けを絵に描いている。
「エスーフーえー、エス?エスフエルフさん?犬は大人しくさせておいてくださいよ」
「ソルコリギター・ソリィコギッチさん。わたしはエスーフエルフ・マロマデシャです。みてください。この素晴らしい夕方の景色を。ロシアの冬はこんなにも美しい!
「確かに、花火のような夕日に、青さと白さの雪のロシア風景ですな。
半熟玉子が来ましたようです。エスフエル?エースフエルさん?」



あとからついてきた若者がペーチカの前にイスを引っ張り出してきて、
ドシンと座ると、自分が描きあげた絵を広げて見せて言った。
「イワン・タリーャゴフ様の絵が、ウォトカ一杯とペーチカの暖かさで買える!さっきの冬のロシアの夕方を描いた秀作だ」

イワン・タリーャゴフは勝手にウォトカの瓶からコップに注ぐと、喉を鳴らして、煽りはじめた。ペーチカの暖房のいちばんいい位置をとられた二人は、イワンの絵を眺めて喜んでいる。

エスーフエルフ・マロマデシャはペーチカに火かき棒を突っ込み、かき回すと、イワン・タリーャゴフに火かき棒をわたした。そして、かき回せとイワンに合図し、言った。



「よし!イワン・タリーャゴフ!!ウォトカを好きなだけおごろう。そのかわり半熟玉子は一切やらない。魚の干物のあまりなら御馳走してもいいかな」
ソルコリギター・ソリィコギッチが込み合ったペーチカの前の席をずらしながら、いった。
「それなら、このソルコリギター・ソリィコギッチが魚の干物を御馳走しよう。絵の代金だ!」


ソルコリギター・ソリィコギッチにエスーフエルフ・マロマデシャ!!

オレの絵はウォトカもう一杯分の価値はあるだろう」

イワン・タリーャゴフはそういうたびウォトカを煽る。

ペーチカのまきも少なくなりつつある。夕方はいつの間にか浅い夜になっていた。




ソルコリギター・ソリィコギッチとエスーフエルフ・マロマデシャは魚の干物とイワンをおいて、帰ることにした。




イワンはイスに座り込んだままイビキをかいている。




ひとりのロシア強盗が、イスのイワンを雪道にひっぱりだして、仰向けに転がした。夜も浅い暗闇に満ちてきていた。寒気も血の流れが手の指の先と足の指の先で痛みを覚えるほどであった。




イワンの商売道具の画材鞄にイワンの上着、薄い布の財布、ネクタイをはぎ取られ、鞄に詰め込み、それを肩にかけると、ロシア強盗はイワンをけっ飛ばし、足早にその場から走り去りました。









イワンはあまりの寒さに正気にかえると、上着を着ていなく、財布がなく、画材鞄もなく、ネクタイもない自分に気がつきました。




「強盗にやられたか…血が出ている。骨がきしむ痛さと寒さだ」





ソルコリギター・ソリィコギッチが次の日の朝目を覚ますと、
目玉焼きに塩をかけ、フォークとナイフできれいに平らげました。
日差しのとどかない玄関で、靴を右と左にはき、ノブを反回転させ、いつものように出勤しました。
みると、あまりよさげな生割りをしてなさそうな男が、イワンの画材鞄を、イワンと同じまずしい青年画家に、二束三文で売りつけていました。
「ははぁ。イワン・タリーャゴフ君、やられたなぁ
ソルコリギター・ソリィコギッチは売店で買い、歩きながら朝のコーヒーを楽しんでいると、イワン・タリーャゴフが足を引きづりながら、歩いてきました。
「怪我はひどくないかい?商売道具を買い戻すまで、レストランで皿洗いだなぁイワン・タリーャゴフ君。気の毒だけど、絵が描けなくなったわけじゃあないよ」
「このイワン・タリーャゴフの生割りは画家なんだ。あのロシア強盗をみつけたら締め上げてやる。ウォトカを飲みすぎてなけりゃ、あんなひょろい奴にはやられなかった」
「君は体格がいいけど、憲兵には気をつけたまえ。カザーク(コサック)とみまちがわれる」

≪生割り:生活のための役割。つまり職業≫

大変仕事が忙しかった。月のうちで今日が一番忙しい仕事の日だろう。ソルコリギター・ソリィコギッチの一日も仕事が終わり、何か憂さ晴らしがしたい気分になっていた。昨日と違い天気が良くない。昨日の踏切とは1時間違うが、あたりはうす暗く、雪が吹雪ぎみでふったり、やんだりしている。

「イワン・タリーャゴフに絵を描かせたいところだが、彼は今、道具が無いからな」
後ろから、犬をつれた  




エスーフエルフ・マロマデシャがやってきた。
「犬の散歩ですか?マロマデシャさん。イワンは画材道具をロシア強盗にもっていかれたとか。意外とマヌケなやつでして…。あっ!イワンだ。飛びかかっている相手はたぶん強盗だな。踏切が上がるまであっちにはいけないな。格好の暇つぶしがやってきた。だからイワンは好きなんだ」

踏切が上がると同時に、
  エスーフエルフ・マロマデシャの犬はイワンと強盗にとびかかっていった。



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