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2015年3月8日日曜日

新シリーズの構想を練る


新シリーズの構想を練る






ワールド・プラネット・ハンガーは本当に全50話で最終回になる予定です。
そのかわり新しいシリーズを思い描こうということで、構想を練りました。

ワールド・プラネット・ハンガーは時空小説がテレビゲーム(RPG)の味がするのにたいし、スマートフォンを手にいれた快感に「似た」ような味がするように工夫しました。
ワールド・プラネット・ハンガーのほかの要素は、ロシア、ドストエフスキー(カラマーゾフの兄弟)、共産主義、寒さ、餓え、スマートフォン、工学・技術、なんとなくCDのtrfなどを薬草のように煮詰めて煎じて作りました。とくにベースは「カラマーゾフの兄弟」でしょう。

組織や国王みたいなものを書き過ぎたので、いい加減書きたくなくなり新シリーズは個人で基本単独、組織やトップという概念をあまり使わないという鉄則を設けました。
超常現象原則禁止とかもいいかもしれない。

何でも自由にかいていいというと、なかなか出てこないのが作品で、逆に禁止事項を設定していくとかえってよろしいかもしれないのです。
時空小説、プラネット・ハンガーで使われたテーマも極力は避ける。

イメージにドラクエ5のパッケージ画を煎じることにすると決めました。
そのまま吸い取るつもりはないので読者にもはっきりとわからないでしょう。
あの絵を解析するとでてくるのは、無垢の心。勇者の父となってまで汚れない。子供は純粋でも大人になって生きていくと誰でもそれなりに汚れる。それが5ではあまりない。
それだけでなく、アンチ5を考えた。ドラクエ5にないもの、反対のものをとりこんで比較してみるか、小道具として味付けにしてみる。

ちなみにドラクエ1のパッケージは勇者はアレフガルドの平和だけでなく、自分の名誉や富も期待している。ようにみえる。なぜなら当時のファミコンは金塊を集めたり、得点を競うゲームが多い。そこの部分が聖人にしてはよこしまだ。あの時代、不良っぽい子供がゲームをするというような感触があった。ドラクエ5のころには誰でもゲームの時代がきており、それがない。それと知恵と愛で平和を勝ち取ったのではなく、勇者は血であがなった。それが紫色の絵具となってでていると勝手に解析しました。

ドラクエ2は王家のもののブルーワーク、戦争。それが青い絵の具になっている。ハーゴンに破壊されなければ寒い戦いに出なくてよかった。働いているときは厳しいが、給与というものをもらえるあの厳しいが硬いかっこよさ。かっこいいスポーツカーにたいし実務を背負った専用車のロボットのようなサビ。

ドラクエ3はマップが図面になっている。いわば徹底した専門家。頼りない勇者はピラミッドで魔法の鍵をとるころまで、バラモスをたおすころには、魔王退治のプロフェッショナルとなっている。専門家は図面だとか設計図だとか紙の上で仕事をしている。紙だから怖くないのか?いや責任と厳しい専門頭脳を駆使しないと仕事をしたことにならない。それが絵に出ている。

ドラクエ4は勇者なのに故郷を守れなかった。悔恨が心の傷となって感傷になっている。

それはともかく、
聖と俗みたいなのをテーマに。
あとアインシュタイン伝。ある種のCD。
職業をどうするかの問題は深刻です。ありえもしない職でもいいが創り上げるのが困難だし、職業によって自由が損なわれる。それに異世界もかきあきた。半現実の現代日本を土台にするか、そこで学生を登場人物にするしかないかと苦しいが決定しました。
数学的に対比させたり、差を出して似ているけど違う味をつくるのに苦心しようと思います。










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